あの夏、僕たちの世界はただ、まぶしい太陽と、生ぬるい風と、どこまでも続く青い海だけで満たされていた。小学五年生だった僕は、お盆の帰省で祖父母の家に集まった親戚一同の中にいた。
祖父母の家は海のすぐ近くにあり、毎年夏になると従姉妹たちが大勢集まるのが恒例だった。その年は特に賑やかで、高校生になったばかりの年上の従姉妹から、僕と同い年の真理(まり)、そしてまだ幼い小学生低学年の妹たちまで、総勢四人の女の子が揃っていた。女兄弟のいない僕にとって、彼女たちの存在はどこか眩しく、同時にどう接していいか分からない、少しだけ居心地の悪いものでもあった。
「ねえ、早く海に行こうよ!」
真理が居間の引き戸を勢いよく開けて叫んだ。彼女の声に触発されるように、家の中が一気に慌ただしくなる。女の子たちはすでに思い思いの水着を手に、居間の隣にある大きな和室へと集まっていた。
「みんな、ここで着替えちゃいなさい。男の子は……」
叔母が言いかけたが、すでに居間は大人たちの荷物整理やスイカの準備で足の踏み場もなかった。
「あ、大輝(だいき)くんも一緒にあっちの部屋で着替えちゃえば? 男の子なんだし、気にしないでしょ」
その一言が、僕の運命を決めた。
「え、でも……」
反論しようとした僕の言葉は、早く海へ行きたい女の子たちの熱気に掻き消された。ずるずると引っ張られるようにして、僕は真理たちのいる和室へと足を踏み入れた。
畳敷きの広い部屋。襖を閉め切ると、外の喧騒が少しだけ遠のき、代わりに女の子たちのシャンプーのような、甘くて少し酸っぱい香りが部屋中に満ちていた。
「大輝、何突っ立ってるの? 早く着替えないと置いてっちゃうよ」
真理が自分のTシャツを脱ぎ捨てながら、悪びれもせずに言った。彼女の背中には、すでに日焼けの跡がくっきりと残っていた。高校生の従姉妹は、慣れた手つきでワンピースの水着に腕を通している。
誰も僕のことなど気にしていない。ただの「親戚の男の子」であり、そこには何の境界線もないはずだった。
しかし、僕の心臓は、ドクドクと不規則な鐘を鳴らし始めていた。
「……うん、今着替える」
僕は努めて冷静を装い、持ってきていたスポーツバッグから海パンを取り出した。それを畳の上に置き、まずはTシャツを脱ぐ。そこまではよかった。問題は、その先だった。
当時の僕は、まだ恥ずかしさという感情の処理の仕方をよく知らなかった。女の子たちの前で服を脱ぐ。それだけで、全身の皮膚がカッと熱くなるような羞恥心が込み上げてくる。しかし、同時に、その場を支配する「全員が同じ部屋で肌を晒している」という異常な状況が、僕の脳裏に未知の刺激を流し込んでいた。
誰も僕を見ていない。いや、本当に見ていないのだろうか?
ふと視線を感じて横を向くと、幼い従姉妹の一人が、不思議そうに僕の姿をじっと見つめていた。
「大輝くん、お腹ぽんぽんだね」
その無邪気な言葉に、高校生の従姉妹がクスクスと笑った。
「やめなよ、大輝くんももう高学年なんだから、恥ずかしいでしょ」
その言葉が、かえって僕の退路を断った。恥ずかしい。猛烈に恥ずかしい。耳の裏まで真っ赤になっているのが、自分でもよく分かった。逃げ出したいほどの羞恥心が、僕の身体を硬直させる。
だが、その羞恥心の裏側で、ドロリとした熱い感情が鎌首をもたげていた。
見られている。女の子たちの視線が、僕の、まだ子供特有の未成熟な身体に注がれている。その事実が、僕の胸の奥で、経験したことのないような小さな火花を散らした。それは、恐怖にも似た、しかし間違いなく心地よい「興奮」の始まりだった。
「ほら、大輝、早くパンツ脱ぎなよ。水着着られないじゃん」
真理が背中を向けながら、何気なく言った。
その言葉に背中を押されるようにして、僕はついに最後の防衛線を解く決意をした。
手汗で少し湿った下着のゴムに指をかける。ゆっくりと、それを足首まで引き下ろした。
その瞬間、僕は完全に「全裸」になった。
冷房の風が、直に肌に触れてゾクリとする。部屋の中の女の子たちの声が一瞬、僕の耳の中で遠のいた。
自分のすべてが、この遮るもののない和室の空間に晒されている。従姉妹たちの視界の端に、僕の無防備な姿が映っているかもしれない。そう思った瞬間、心臓の鼓動はピークに達し、頭の芯が痺れるような感覚に襲われた。
恥ずかしくて、今すぐ床に伏せてしまいたい。
しかし、同時に、この圧倒的な解放感と、禁忌を犯しているかのような背徳感が、僕の幼い身体を支配していた。全身の血流が激しく巡り、呼吸が浅くなる。ただ水着に着替えるという日常の行為が、その時の僕にとっては、世界の中心で行われる厳かな儀式のようだった。
僕は震える手で海パンを拾い上げ、片足ずつ通した。
布地が肌を擦る感触さえも、いつもより敏感に感じ取ってしまう。腰まで一気に引き上げ、紐を固く結んだとき、ようやく僕は深くため込んでいた息を吐き出した。
「よし、みんな着替えたね! 出発!」
真理の元気な声で、部屋の張り詰めた空気(それは僕だけが勝手に感じていたものだったのかもしれないが)は一瞬で霧散した。女の子たちはバタバタと勢いよく襖を開け、廊下へと飛び出していく。
僕は一人、畳の上に残された自分の服を見つめていた。
海パンに包まれた身体は、まだじんわりと熱を持ったままだ。
「大輝、遅いよ! 置いてっちゃうからね!」
廊下から真理の声が響く。
「今行く!」
僕は答えて、部屋を飛び出した。外に出ると、強烈な夏の光が僕たちの目を晦ませた。
波の音が近づいてくる。従姉妹たちの後ろを走りながら、僕は先ほど和室で感じた、あの奇妙な熱と興奮を、大人の階段をほんの少しだけ踏み外して上ってしまったかのような、秘密の記憶として胸の奥深くにしまい込むのだった。

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