十九歳の夏。あのきらめくような青い海と、ジリジリと肌を焼く太陽の光は、今でも私の記憶の中で特別な色彩を放っている。
大学に入って初めての夏休み、私たちは男女六人の仲良しグループで、少し遠出して有名な海水浴場へと向かった。メンバーは、サークルでいつも一緒にいるいつもの面々。その中には、私が密かに片思いをしている、同じ学科の拓海(たくみ)くんも含まれていた。
拓海くんは、普段はTシャツの上からでも分かるくらい引き締まった体をしていて、笑顔が爽やかな、グループの中心人物だった。でも、どこかシャイなところがあって、二人きりになると急に口数が少なくなったりする。そんな彼の一挙一動に、私はずっと一喜一憂していた。
一日中、波に揺られたり、ビーチバレーをしたりして、私たちはクタクタになるまで遊び尽くした。夕方が近づき、波打ち際がオレンジ色に染まり始めた頃、「そろそろ上がって、海の家のシャワー浴びて帰ろうか」ということになった。
海の家の裏手にあるコインシャワーは、木製の古い板壁で区切られただけの、いかにも年季の入った簡素なブースがいくつも並んでいる作りだった。上部は筒抜けで、波の音や、隣のブースの水音がそのまま聞こえてくる。
「女子チーム、こっちの三つね!」
「男子は隣な!」
そんな声を掛け合いながら、私たちはそれぞれシャワー室へと滑り込んだ。
私が選んだのは、一番奥から三番目のブース。
水着を脱ぎ、体にべったりとついた塩気と砂を、勢いよく吹き出す冷たい水で洗い流していく。ふと、隣のブースから「うおっ、冷たっ!」という聞き覚えのある声が聞こえた。
(あ、隣、拓海くんだ……)
壁一枚隔てたすぐ向こうに、大好きな人がいる。それだけで、私の心臓はトクンと小さな音を立てた。シャワーの音が激しく響く中、私は髪を洗いながら、なんとなく木製の壁に目をやった。
その時、見つけてしまったのだ。
経年劣化で木が痩せてしまったのか、あるいは節穴がぽろりと抜け落ちてしまったのか、ちょうど私の胸の高さくらいの場所に、直径一センチほどの小さな「穴」が開いているのを。
最初は、単なる気まぐれだった。本当に、深い意味なんてなかったのだ。
いつもグループでふざけ合っているノリの延長で、ほんの悪戯心が芽生えた。
(ちょっと驚かせてやろうかな。「見えてるよー!」って言ったら、どんな反応するだろ)
私はシャワーを止め、足音を立てないようにそっと壁に近づいた。
濡れた髪から滴る水滴が、自分の鎖骨を伝っていく。
息を潜め、片目をその小さな穴にそっと近づけた。
「……っ」
声にならない悲鳴が、喉の奥で氷ついた。
冗談のつもりだった。水着を着た背中が見えるか、あるいはシャンプーしている横顔が見えるくらいだと思っていた。
だが、現実は違った。
穴の向こう側、すぐ目の前にあったのは、完全に「無防備」な拓海くんの、全身の姿だった。
彼はちょうど、壁に背を向ける形で、正面の鏡に向かって立っていた。
つまり、その穴からは、彼の側面から前面にかけてのすべてが、遮るものなく、ダイレクトに視界に飛び込んできたのだ。
引き締まった小麦色の背中、そこから滑らかな曲線を描く腰のライン。
そして、水滴を弾いて野生的に光る、たくましい太もも。
その間にある、普段の彼からは想像もつかないような、生々しい「男の人の部分」が、モロに、信じられないほどの解像度でそこにあった。
頭が真っ白になった。
目を逸らさなきゃいけない。これは犯罪だ。そう本能が警鐘を鳴らしているのに、私の身体は金縛りにあったように一歩も動けなくなってしまった。
拓海くんは、私が覗いていることなんて夢にも思っていない。
上を向いて顔を洗い、流れた水を両手で体から拭うように下へと滑らせている。その仕草一つひとつが、恐ろしいほど官能的で、美しくて、私はただ、穴に押し当てた目を見開いたまま、彼のすべてを凝視してしまった。
ドク、ドク、ドク、と、自分の心臓の音がシャワー室全体に響き渡っているかのように大きく感じられた。全身の血が一気に沸騰したみたいに熱くなり、耳の奥がじーんと痺れていく。
(どうしよう……見てる。私、拓海くんの全部を見てる……)
その時、拓海くんがふっとこちら(壁側)を振り向こうとした。
「ひゃっ」
私は飛び退くようにして壁から離れた。
心臓がバタバタと暴れている。自分のブースの床にへたり込みそうになるのを、必死に壁を掴んで堪えた。
呼吸が激しく乱れ、胸が大きく上下する。鏡に映った自分の顔を見ると、お風呂上がりのように真っ赤に変色していた。
それからの数分間、どのようにして服を着たのか全く覚えていない。
ただ、Tシャツを着る手が震えて、ボタンをうまく留められなかったことだけは覚えている。
シャワーブースの外に出ると、夏の終わりの夕風が、火照った体にひんやりと心地よかった。
先に上がっていた友人たちが「遅いよー!」と手を振っている。その中に、髪を少し濡らした拓海くんもいた。いつものTシャツにハーフパンツ姿。
「あ、おかえり。結構混んでた?」
拓海くんが、いつもと変わらない優しい笑顔で私に声をかけてきた。
その瞬間、私の脳裏に、さっきまで見ていた彼の「あの姿」が鮮烈にフラッシュバックした。
「あ、う、うん……ちょっと、髪洗うのに手こずっちゃって」
私は彼の顔をまともに見ることができず、視線を泳がせながら、蚊の鳴くような声で答えた。
(私は、この人のすべてを知ってしまったんだ)
その事実に、胸の奥がキュンと締め付けられるような、強烈な甘酸っぱさと、得体の知れない背徳感が押し寄せてきた。
帰りの車内でも、私はずっと奇妙な高揚感の中にいた。
隣の席に座る拓海くんの肩が触れ合うたびに、ビクッとしてしまう。彼が何気なくペットボトルのキャップを開ける手の動き、笑った時に動く喉仏――そのすべてが、さっき目撃した「裸の彼」と地続きなのだと思うと、ドキドキが止まらなかった。
「どうした? 今日、なんか大人しいな。疲れた?」
拓海くんが覗き込むように私を見て言った。
「ううん、ちょっと海の余韻に浸ってただけ」
私は小さく微笑んで、窓の外の夕焼けに顔を向けた。嘘をつく私の心臓は、まだあの狭いシャワー室の中に置き去りにされたまま、激しく脈打っていた。
結局、あの夏の出来事を、私は拓海くんにも、他の誰にも一度も話していない。
あの古い海の家の、小さな穴の向こうにあった秘密。
その後、秋が深まる頃、私と拓海くんは正式に付き合うことになるのだが……彼と初めて本当の夜を迎えた時、私はあのシャワー室での記憶を思い出し、彼には口が裂けても言えない、二度目の、そして本当の「初恋のドキドキ」を味わうことになるのだった。

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