制作会社の狭いミニバンに揺られること二時間。
到着した都心の外れにあるスタジオは、元々は寂れた倉庫だったのだろう。コンクリートの壁はところどころひび割れ、湿ったカビの臭いが鼻を突いた。
「おい、佐藤! ぼさっとすんな。機材、早く中に運べよ!」
チーフカメラマンの鋭い声が飛ぶ。
僕――佐藤和也、二十七歳。これといった特技もなく、うだつの上がらない日々を過ごした挙げ句、流されるようにして芸能関係の便利屋まがいの制作アシスタント(実質はただの雑用係)になって三ヶ月。
今日の現場は、今をときめくブレイク直前の五人組女性アイドルグループ「ピュア・リボン」のグラビア撮影だった。
テレビや雑誌の向こう側にいる美少女たち。
けれど、僕のような冴えない男は、彼女たちにとって風景の一部、あるいは動く機材置き場と同義だ。
挨拶をしても、返ってくるのはマネージャーの事務的な会釈だけ。メンバーたちからは視線すら合わされない。それが僕の日常であり、分不相応な世界に紛れ込んでしまった男の現実だった。
「ふぅ……」
搬入を終え、メンバーの着替えやメイクが始まったのを見計らって、僕は一息つくためにトイレへと向かった。
この古いスタジオの最大の欠陥は、水回りが劣悪なことだった。
奥の薄暗い通路にあるトイレは、ドアに「MEN」「WOMEN」のプレートが並んで掛けてあるものの、中に入れば仕切りすら曖昧な、完全な男女共用トイレだった。
手前に小便器が二つ、奥に個室が一つ。
今時、地方の公衆トイレでももう少しマシだろう。
僕は誰もいないことを確認し、手前の小便器の前に立った。
薄暗い照明の下、ファスナーを下ろす。連日の寝不足と疲労のせいで、身体も心も縮こまっているような気がした。
僕の「そこ」は、お世辞にも立派とは言えない。いや、むしろ平均よりもずっと貧相で、自分でもコンプレックスの塊だった。
――その時だった。
「うわ、何ここ、超ボロいんだけど!」
「早くしないと衣装チェンジの時間になっちゃうよー」
バタバタという騒がしい足音と、華やかな鈴の音のような声が、静かな通路に響いた。
心臓が跳ね上がった。
「ピュア・リボン」のメンバーたちだ。
慌てて用を足すのをやめ、服を整えようとした。しかし、あまりの緊張に指先が震え、ズボンのファスナーが噛んでしまい、にっちもさっちもいかなくなる。
「ガチャリ」と、建付けの悪いドアが無造作に開け放たれた。
入ってきたのは、グループのセンターを務める絶対的エースの「美咲」と、最年少で妹キャラの「ひまり」、そしてクール系で通っている「凛」の三人だった。
色鮮やかな撮影用の衣装をまとった彼女たちは、薄暗く埃っぽいトイレの中で、そこだけ光が差したように眩しかった。
「きゃっ!?」
最初に声を上げたのはひまりだった。
狭い空間。目の前には、ズボンを半端に下げたまま、情けない格好で固まっている僕がいる。
完全に、僕の「すべて」が彼女たちの視界に晒されていた。
「あ……す、すみません! すぐ出ますから……!」
パニックになりながら、僕は必死に背中を丸め、隠そうとした。
普通の女の子なら、悲鳴を上げて逃げ出すか、激怒してスタッフを呼ぶ場面だろう。僕もクビを覚悟した。
しかし、返ってきた反応は、僕の予想を遥かに超えるものだった。
「……え? 何これ」
美咲が、信じられないものを見るような目で僕の股間を凝視した。その目が、驚きから徐々に、歪んだ愉悦を帯びた三日月型へと変わっていく。
「ちょっと、ひまり、凛、見てよこれ。ウケるんだけど」
美咲は恥らうどころか、口元を片手で覆いながら、クスクスと笑い始めた。
「うわぁ……。ねえ美咲ちゃん、これって本物? 小さすぎて、ついてるのか付いてないのか分かんないよ」
ひまりが、あどけない顔に冷酷な蔑みを浮かべて言った。彼女の大きな瞳が、僕の最も見られたくない部分を容赦なく射抜く。
「……信じられない。大人の男の人なのに、小学生以下。これでよく外を歩けるね」
普段は口数の少ない凛までが、底冷えのするような冷たい声で、吐き捨てるように言った。
彼女たちの言葉は、鋭いナイフのように僕の自尊心を切り刻んだ。
恥ずかしい。惨めだ。消えてしまいたい。
頭の中が真っ白になり、顔から火が出るほど赤くなるのが分かった。
いつもテレビで「みんな大好きだよ!」と笑顔を振りまいている少女たちが、今、目の前で僕を人間の底辺を見るような目で、心底見下している。
だが、その瞬間――僕の身体の中で、何かが決定的に壊れ、そして目覚めた。
(あ、あざ笑われてる……。僕のいちばん格好悪いところを、このトップアイドルたちに……)
羞恥心が限界を超えた時、それは未だかつて経験したことのない、狂おしいほどの快感と興奮へと変貌したのだ。
ゾクゾクとした熱い電流が、背筋を駆け上がる。
彼女たちの冷徹な視線、軽蔑に満ちた笑い声、そして容赦のない罵倒。そのすべてが、僕の萎びていたペニスに、強烈な活力となって注ぎ込まれていく。
見られている。バカにされている。それが、たまらなく気持ちいい。
「あ、あれ……? 見て、美咲ちゃん。なんか……大きくなってきてない?」
ひまりが怪訝そうな声を上げた。
「嘘でしょ……? 嘘、こいつ、信じられない。こんなこと言われて興奮してんの!?」
美咲の顔が、今度は本物の嫌悪感に染まった。しかし、その嫌悪の表情さえも、今の僕にとっては最高のご馳走だった。
「キモい……。信じられない、本当に変態。ねえ、見てよ。大きくなっても、全然大したことないのに。形も不格好だし、色も汚い」
凛が腕を組み、冷たいゴミを見るような視線を僕のペニスに注ぐ。その視線の鋭さに、僕のそれはさらに硬さを増し、情けなく天を仰いだ。
「あ、はは……っ、す、すみません……」
僕は言葉とは裏腹に、彼女たちから視線を外すことができなかった。
普段なら絶対に手の届かない、雲の上の存在。その彼女たちが、今、僕のためだけにその感情を露わにしている。たとえそれが、最低の軽蔑と侮蔑であったとしても。
僕という存在が、彼女たちの綺麗な瞳に映り、その心を醜悪なもので満たしているという事実に、頭が狂いそうだった。
「ねえ、美咲ちゃん、もう行こうよ。変態が移りそうだし、汚らわしい」
「そうだね。スタッフの中にこんなキモい奴がいるなんて、まじで引く。カメラマンさんに言って、今日でクビにしてもらおうよ」
美咲が蔑みの笑みを浮かべたまま、吐き捨てるように言った。
「バイバイ、変態の佐藤さん。明日からはもう来なくていいからね」
ひまりが、天使のような残酷な笑顔で手を振った。
三人は一度も用を足すことなく、まるで汚物から逃れるように、一斉にトイレから出て行った。バタン、と建付けの悪いドアが閉まり、再び薄暗い静寂が戻ってくる。
「はぁ……はぁ……っ……!」
一人残された僕は、激しい呼吸を繰り返しながら、ズボンを下げたままその場にへたり込んだ。
心臓が破裂しそうなほど脈打っている。
股間は、これまでにないほど熱く、猛烈に勃起していた。
クビになるかもしれない。明日からの仕事はないかもしれない。
社会的破滅の恐怖。
しかし、それを遥かに凌駕する全能感に似た興奮が、僕の脳内を支配していた。
あのみすぼらしい倉庫のトイレで、僕は確かに彼女たちの聖域を汚し、そして彼女たちの言葉によって、男としての「核」を徹底的に破壊されたのだ。
壊されたカケラが、快楽の液体となって溢れ出そうとしていた。
僕は震える手で自らを握り、まだ彼女たちの香水の匂いが微かに残る空間で、激しく腰を振った。
頭の中には、美咲の歪んだ笑顔、ひまりの冷酷な瞳、そして凛の蔑みの声が、何度も、何度もリフレインしていた。
「あ……っ、ああ……!」
誰もいない男女共用トイレに、僕の情けない喘ぎ声が響き渡り、やがてすべてが弾けた。
その後、僕は奇跡的にクビにはならなかった。マネージャーに告げ口されることもなかった。彼女たちにとっても、あまりに下劣すぎて、他人に口にすることすら憚られる事件だったのだろう。
翌日からの現場で、メンバーたちは僕に対して、以前にも増して完全な「無視」を決め込んだ。視界にすら入れない、徹底的な拒絶。
けれど、時折、すれ違いざまに美咲や凛の目が、一瞬だけ僕の股間に向けられ、そしてフッと鼻で笑うのを、僕は見逃さなかった。
その度に、僕の服の裏側では、誰にも知られることのない、熱く硬い興奮がひそかに鎌首をもたげるのだった。
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