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バイト先のスーパー銭湯にて

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初夏の夕暮れ時、私がアルバイトをしているスーパー銭湯の館内には、ほんのりと檜とシャンプーの甘い匂いが立ち込めていた。

私は都内の大学に通う21歳。ここで週に3回、フロントや脱衣所の清掃のアルバイトをしている。仕事自体はアットホームで気に入っているけれど、一つだけ、未だに少し緊張する業務があった。それが、一日に数回巡ってくる「男湯の定期清掃と温度チェック」だ。

もちろん、お仕事だし、基本的にはお客様の誰もが私のような若い従業員の存在なんて気にしていない。「お邪魔します」と書かれた札を出して、事務的にテキパキと動けば、数分で終わる作業。そう自分に言い聞かせて、いつものように防水の作務衣(さむえ)の裾を正し、デジタル温度計と湯垢取りのネットを手に男湯ののれんをくぐった。

ガラガラ、と引き戸を開けると、湯気の中に数人の常連らしきおじいさんたちと、仕事帰りの会社員風の男性が数人、思い思いに湯船に浸かっているのが見えた。

「失礼いたします。お湯の温度を測らせていただきますね」

マニュアル通りの声を小さく発しながら、私はまず内湯の岩風呂へ向かった。しゃがみ込んで温度計を浸し、デジタル数字が「41.5」を示すのを確認して手帳にメモする。よし、次。

そう思って立ち上がり、露天風呂へと続くガラス扉へ向かおうとした時だった。

洗い場の一角、シャワーの音が勢いよく響くブースの前に、見覚えのある後ろ姿があった。

広い肩幅、すっきりと引き締まった背中。シャンプーの泡を勢いよく洗い流すその仕草に、なぜか強烈な既視感を覚えた。

(え……嘘、まさか、ね?)

心臓がトクン、と小さく跳ねた。

その男の子が首を振って水飛沫を飛ばし、ふう、と息を吐きながら横を向いた瞬間、その横顔が完全に視界に入った。

間違いない。蓮(れん)くんだ。

私の2歳下の弟、大輝(だいき)の小学校時代からの大親友。

蓮くんは、家が近所ということもあって、子供の頃は本当に毎日のように我が家に遊びに来ていた。私の記憶の中の彼は、いつも泥だらけのサッカーユニフォームを着て、私の後ろを「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とちょこちょこ付いてまわる、やんちゃで小さくて、可愛い男の子のままだった。

高校生になってからはお互いに忙しくなり、家に遊びに来ても挨拶を交わす程度。最後にちゃんと顔を見たのは、確か2年くらい前だったと思う。

その蓮くんが、今、私の目の前で「完全な全裸」で、大人の男の人としてそこに座っていた。

私はあまりの衝撃に、ガラス扉の手前で完全に足が止まってしまった。

見てはいけない、仕事に集中しなきゃ。そう思うのに、視線がどうしても彼から離せなくなってしまった。

シャワーを止め、鏡の前でふぅと一息ついた蓮くんは、ゆっくりと立ち上がった。

(……えっ)

私は心の中で小さく悲鳴を上げた。

私の記憶が、激しい勢いで書き換えられていく。

最後に見たときよりも、背が一段と伸びている気がする。それだけじゃない。サッカーで鍛え上げられた太ももやふくよかなふくらはぎの筋肉、キュッと引き締まったお尻、そして何より、男の子から「大人の男性」へと完全に脱皮したその身体の骨格。

胸板は厚くなり、鎖骨から肩にかけてのラインが驚くほど逞しい。そして、その下半身には、かつての「大輝の可愛いお友達」というフィルターを木っ端微塵に打ち砕くような、立派に成長した男性としてのシンボルが、隠されることもなく堂々と存在していた。

それは、普段の彼の無邪気な笑顔からは想像もつかないほど、生々しくて、どこか神秘的で、力強い「男らしさ」を物語っていた。

「あ……」

喉の奥から小さな吐息が漏れそうになり、私は慌てて口元を押さえた。

男湯の清掃なんて何度もやっているし、他人の裸なんて見慣れているはずだった。それなのに、知っている男の子の、しかも「年下の可愛い弟分」だと思っていた相手の成長を、こんなにも無防備なカタチで突きつけられるなんて、想像すらしていなかった。

湯気と熱気のせいだけじゃない。顔がじわじわと熱くなっていくのが自分でも分かった。心臓の音が、ドクドクと耳の奥でうるさいくらいに鳴り響いている。

蓮くんは、自分がそんな風に「大好きな親友のお姉ちゃん」に見つめられているとは夢にも思っていない。彼は濡れた髪を無造作に手ぐしでかきあげると、長い足を一歩、また一歩と踏み出し、まさに私が向かおうとしていた露天風呂の方へと歩き出した。

その歩き方すら、大人の男の余裕というか、堂々とした雰囲気が漂っていて、私の胸をさらに締め付けた。

彼がガラス扉を開けて外へ出ていく後ろ姿を、私はただ呆然と見送ることしかできなかった。露天風呂の湯船にゆっくりと身体を沈め、目を閉じて気持ち良さそうに天を仰ぐ彼の横顔は、私が知っているどの蓮くんよりも、少し大人びていて、不覚にも「カッコいい」と思ってしまった。

「あ、あの、お姉ちゃん……?」

背後から常連のおじいさんに声をかけられ、私はハッと我に返った。

「あ、は、はい! 失礼いたしました!」

私は慌てて温度計をポケットに放り込み、這う這うの体で男湯から退室した。

脱衣所の従業員用ドアを閉めた瞬間、壁に背中を預けて深いため息をついた。

鏡を見ると、自分の顔が信じられないくらい真っ赤になっていた。

「どうしよう……大輝には絶対に言えない……」

胸のドキドキが治まらないまま、私は残りのシフトをこなした。頭の中では、さっき見た蓮くんの、あの引き締まった白い肌と、逞しい身体のシルエットが、何度も何度もリフレインしていた。あんな風に成長していたなんて。男の子の成長って、なんて早くて、なんて劇的なんだろう。

それから1週間ほど経った、ある土曜日のこと。

大学の課題を終えてリビングで寛いでいると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」と大輝が部屋から出てきてドアを開ける。

「うっす、大輝。ゲーム持ってきたぞ」

心臓がドン、と跳ねた。その声は、間違いなく蓮くんのものだった。

「お、蓮。上がれよ、部屋片付いてないけど」

「お邪魔しまーす」

リビングのドアが開き、蓮くんが入ってきた。

彼は大きめのTシャツにデニムという、今どきの大学生らしい爽やかな服装をしていた。

「あ、お姉ちゃん。こんにちは!」

私と目が合うと、蓮くんはいつも通りの、あの屈託のない、人懐っこい笑顔を向けてくれた。目がキラキラしていて、やっぱり私の知っている「可愛い蓮くん」そのものだ。

でも。

私の脳裏には、あの湯気の中で見た、彼のあの圧倒的な「男の身体」の記憶が、鮮明に蘇ってしまった。Tシャツの布地の下にある、あの厚い胸板や、デニムに包まれたあの長い足、そして、その間にある秘密の場所の記憶が、私の頭の中でフラッシュバックする。

「う、うん。蓮くん、いらっしゃい……」

なるべく普通を装って挨拶したけれど、声が少し上擦ってしまった。

蓮くんは私の様子に少し首を傾げたけれど、すぐに大輝と「早くやろうぜ」なんて言いながら、大輝の部屋へと消えていった。

パタン、と部屋のドアが閉まる。

私はリビングのソファに深く腰掛け、クッションをぎゅっと抱きしめた。

私だけが知っている、蓮くんの秘密。

彼が大人の男の人に成長していることを、世界中で大輝も、蓮くん本人すらも(私が知っているという意味で)気づいていない。

「……なんか、意識しちゃうじゃん」

次に彼が遊びに来るとき、私はどんな顔をして迎えればいいんだろう。

年下の男の子に感じてしまった、あの切ないほどのドキドキの余韻は、初夏の爽やかな風が吹くリビングの中で、いつまでも私の胸を優しく揺らし続けていた。

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