実家での俺の部屋は、一種の「関所」のような不便な構造をしていた。
二階の奥にある妹の部屋へ行くには、必ず手前にある俺の部屋を通り抜けなければならない。一応、廊下代わりに使えるような動線はあるものの、間仕切りは薄い引き戸一枚。俺が部屋の真ん中で寝ていれば、嫌でもその脇を通ることになる。普段からプライパシーもへったくれもない構造なのだが、その日はさらに最悪な、いや、今思えば奇妙なハプニングの舞台となる日だった。
夏の週末。両親は親戚の法事で不在。大学生の妹は、前々から
「サークルの女子友達を3人呼んで、うちで宅飲みして泊まるから」
と宣言していた。
「お兄ちゃん、夜は絶対に部屋から出ないでよね。トイレ行く時もちゃんとノックしてよ」
そう釘を刺されていた。俺は「わかってるよ」とだけ答え、彼女たちが夕方にガヤガヤと押し寄せてくる前に、自分の部屋に引きこもった。
エアコンを強めにかけ、パソコンで映画を見ながら静かに過ごす。夜が更けるにつれ、引き戸の向こうの妹の部屋からは、黄色い歓声や笑い声、お酒が入って楽しそうな女の子たちの声が漏れ聞こえてきた。華やかな、しかし自分には全く関係のない世界の音。それをBGM代わりに聞いているうちに、俺は猛烈な眠気に襲われた。
時刻は深夜の2時を回ったところ。部屋の電気を消し、ベッドに潜り込む。
その夜は熱帯夜で、エアコンをつけているとはいえ、妙に寝苦しかった。おまけに俺は、昔から誰もいない家では、服の締め付けを嫌って全裸で寝る悪癖があった。
「まあ、妹たちはもう部屋から出てこないだろうし、朝起きる前に服を着ればいいか」
そう高を括り、俺はTシャツもトランクスも全て脱ぎ捨て、生まれたままの姿でベッドの上に大の字になった。シーツの冷たい感触が、火照った肌に直接触れて心地いい。背徳感混じりの解放感に包まれながら、俺は深い眠りに落ちていった。
自分が無防備極まりない、完全な「露出状態」であることも忘れて。
「……ちょっと、お兄ちゃん。起きて」
翌朝の午前10時。カーテンの隙間から差し込む強い日差しと、すぐ近くで聞こえる低めの声に、俺は目を覚ました。
視界がはっきりすると、ベッドの脇に妹が立っていた。すでに友達は見送り、送り届けて帰ってきたところのようだった。
「ん……? 朝か……」
身体を起こそうとして、自分がまだ全裸のままであることに気づき、慌ててタオルケットを胸元まで引き上げた。
「びっくりした……。入るならノックしろよ」
「ノックはしたよ。お兄ちゃんが爆睡してたの」
妹は腕を組み、冷ややかな、それでいてどこか面白がっているような、得体の知れない笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
「それよりさ、お兄ちゃん。今さら隠しても遅いんだけど」
「……何がだよ」
「昨日さ、夜中の3時半くらいに、カナちゃんとマイが『トイレ行きたい』って言い出してさ」
心臓が、トクンと嫌な跳ね方をした。部屋の温度がスッと下がったような錯覚に囚われる。
「私の部屋からトイレ行くには、お兄ちゃんの部屋を通るじゃん? 一応、お兄ちゃん寝てるから、電気つけないでスマホのライトで足元照らしながら、みんなで静かに歩いてたのね」
「お、おい……」
「そしたらさ、お兄ちゃん。布団を完全に蹴飛ばして、ベッドの真ん中で真っ裸でひっくり返ってたでしょ」
頭がカッと熱くなった。全身からブワッと嫌な汗が噴き出す。
「あ、あれは……寝苦しくて、つい……」
「言い訳はいいって。スマホのライトがさ、ちょうどお兄ちゃんの股間のあたりを直撃しちゃってさ。みんな『えっ!?』ってなって、その場でフリーズしちゃったんだから」
妹は待ってましたとばかりに、ニヤニヤと楽しそうに語り始めた。
「暗い部屋の中で、お兄ちゃんのそこだけが白く照らされてて。しかもさ、ただ寝てるだけならまだしも、なんか無意識に……その、自分でそこを握ったまま寝てたでしょ。カナちゃん、それ見て小さく悲鳴あげてたよ」
「やめろ! 頼むからもう言わないでくれ……!」
顔から火が出るどころの話ではなかった。恥ずかしさと情けなさで、今すぐこのベッドごと床下に沈んで消え去りたかった。
妹の友達。しかも、昨日会ったばかりの、年下の綺麗な女の子たち3人に。あろうことか、真夜中の暗闇の中で、スマホのライトで照らされながら、全裸の、しかも無意識の破廉恥なポーズを至近距離で「凝視」されていたのだ。
「みんな、最初は慌てて目を逸らそうとしたんだけどさ、あまりのインパクトに動けなくなっちゃって。結局、トイレの行きと帰りで、2回もじっくり観察される羽目になってたよ」
「嘘だろ……なんで起こしてくれなかったんだよ……」
「起こせるわけないじゃん、気まずすぎて! でもね、友達、部屋に戻ってきたら大興奮しちゃって。そこから朝方まで、ずーっとお兄ちゃんの体型の話で持ちきりだったんだから」
妹はベッドの端に腰掛け、さらに顔を近づけてきた。彼女の口から語られる「報告」は、俺の羞恥心を容赦なくえぐっていく。
「マイなんてさ、『お兄さん、あんなに細身なのに、脱いだら結構すごいんだね……形が綺麗だった』って、なんか感心してたよ? カナちゃんも『普段大人しそうなのに、寝てる時はあんなに大胆なんだ……』って、ずっと顔赤くして言ってた」
「……」
「良かったね、お兄ちゃん。私の可愛い友達3人に、隅々まで品評してもらえて」
恥辱の極みだった。消えてしまいたいほどの気まずさ。
しかし、そのはずなのに。
妹の口から「カナちゃんが」「マイが」と、具体的な女の子の名前が出され、彼女たちが俺の全裸を見てどう感じたか、どんな風に盛り上がっていたかを詳細に聞かされるたびに、タオルケットの下の俺の身体が、裏腹な反応を示し始めていた。
『見られていた』。それも、ただのハプニングとして一瞬見られたのではない。
彼女たちは暗闇の中、スマホの光を俺に当て、まじまじと俺の最も恥ずかしい部分を観察し、それを肴に朝までガールズトークを繰り広げていたのだ。
想像が頭の中を駆け巡る。ライトに照らされる自分の裸。それを取り囲んで、口元を押さえながら息を呑む女子大生たちの姿。
「……あれ、お兄ちゃん? 顔真っ赤だけど。もしかして、怒ってる?」
妹が俺の様子を覗き込んできた。そして、タオルケットの不自然な「膨らみ」に目を留めた。
妹の目が、いたずらっぽく、そして確信に満ちた形に細められる。
「嘘……。お兄ちゃん、カナちゃんたちに見られた話聞いて、今また大きくなってない?」
「ちがう、これは、朝の……生理現象だ!」
「朝のって、もう10時過ぎだよ? 変態だなぁ。自分の恥ずかしい姿を、私の友達にオモチャにされてたって聞いて、そんなに嬉しかったんだ」
妹は立ち上がると、俺の部屋の引き戸を開け放ち、彼女たちの部屋への動線を指差した。
「マイがね、『また今度泊まりに来た時も、お兄さん裸で寝ててくれないかな』って言ってたよ。……今度来るときは、私も一緒にライトで照らしてあげようか?」
去り際に妹が放ったその言葉が、俺の頭の芯を完全に痺れさせた。
引き戸が閉まった後も、俺はしばらく動けなかった。
ただの通り道だったはずの、この自分の部屋の畳の上が、まるで彼女たちの視線がまだ残っているかのように熱く、そしてひどく色めき立って感じられた。俺はタオルケットを頭まで被り、暴走する妄想と、かつてないほどの激しい興奮の波に、ただ身を委ねるしかなかった。

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