実家のクローゼットを整理していたとき、段ボールの底から一冊のスケッチブックが出てきた。ページをめくると、拙い線で描かれたロボットや、当時の流行を反映したファンタジー風のキャラクターのイラストが並んでいる。その中に一ページだけ、明らかに異質な、人間の身体の一部を執拗にスケッチした鉛筆画の跡があった。
それを目にした瞬間、私の脳裏に、あの放課後の部室の、むっとするような熱気と、どこか狂気を孕んだ興奮が鮮烈によみがえってきた。
高校二年生の春、私は「漫画同好会」に所属していた。
同好会とは名ばかりで、実態は放課後にオタク女子が集まって、好きなアニメや漫画、そして自分たちが執筆する同人誌について熱く語り合うだけの、緩やかなオタクの吹き溜まりだった。
メンバーは私を含めて女子が三人。
一人は、ボーイズラブ(BL)小説の執筆に命を懸けている、行動力抜群の部長・マキ。もう一人は、緻密な背景描写と美少年を描くのが得意な、一見物静かだが妄想力豊かなユキ。そして、特にこれといった特技もなく、二人の創作活動を熱心に応援しながら自分も下手な絵を描いていた、私。
そんな女子だけの聖域に、その年の五月、一人の男子生徒が迷い込んできた。
名はアキト。絵を描くのが好きだという、いかにも線の細い、気弱そうなオタク少年だった。女子三人の圧倒的な熱量に最初は気圧されていたアキトだったが、共通の趣味を持つ仲間として、次第に放課後の部室に馴染んでいった。
事件が起きたのは、夏の気配が近づく六月の放課後だった。
私たちは、夏休みに開催される同人誌即売会に向けて、合同誌の制作に取り掛かっていた。マキが原作を書き、ユキと私が作画を担当する。テーマは、当時私たちが熱中していた、男たちの骨太な愛憎劇を描くダークファンタジーだった。
しかし、作業は壁にぶち当たっていた。
「ダメ……どうしてもリアリティが出ない……!」
ユキがシャーペンを机に叩きつけ、頭を抱えた。彼女の前の原稿用紙には、男性の身体のデッサンが描かれていたが、どこか不自然だった。
「二次元の美化された体じゃなくて、もっとこう……生々しい『男』の身体の構造が知りたいのよ。特に、その……股間のあたりの、布のシワとか、構造とか……!」
「あー、分かる」とマキが深く頷く。「ネットの資料じゃ限界あるよね。角度とか、質感とか、本物の立体として理解しないと、説得力のある絵にならないんだよね」
女子三人が「男の身体のリアリティ」について、あられもない議論を戦わせているのを、部屋の隅の机でトーン貼りを手伝っていたアキトが、顔を真っ赤にして縮こまって聞いていた。
私は半分冗談のつもりで、アキトに向かって声をかけた。
「アキトくん、ちょっとポーズの参考になってよ。あ、もちろん服の上からでいいからさ、足の付け根のラインとか見せて?」
その時の私たちは、創作への渇望で半分理性が飛んでいた。しかし、アキトの反応は、私たちの予想を遥かに超えるものだった。
アキトは突然、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。その顔は耳まで真っ赤だったが、瞳には奇妙な、切羽詰まったような興奮の光が宿っていた。
「……服の上からじゃ、本当の構造なんて分からないよ!」
アキトの声は上ずっていた。突然の大きな声に、私たち三人は呆気に取られて彼を見つめた。
「え、アキトくん?」
「みんな、本物の創作がしたいんでしょ!? だったら、僕のを見てよ。僕のでよければ、参考にしてよ!」
アキトは、気弱な普段の姿からは想像もつかないほどの勢いで、私たちの座る長机に歩み寄ってきた。半ば強引なその態度と、彼から発せられる尋常ではない熱気に、私たちは圧倒されて声が出なかった。
アキトは震える手で、制服のズボンのベルトに手をかけた。
「ちょっと、アキト!? 何考えて――」
マキが止めようとしたが、アキトの行動の方が早かった。チャックが下ろされ、彼の下着が引き下げられる。
次の瞬間、放課後の部室の机の上に、アキトの「それ」が露わになった。
「ひっ……」
誰かが小さな悲鳴をあげた。しかし、誰も部屋から逃げ出そうとはしなかった。オタク少女としての業なのか、それとも、目の前の非日常的な光景に身体がすくんでしまったのか。
アキトのモノは、緊張と興奮のせいか、すでに半分ほど硬くなりかけていた。しかし、私たちが息を呑んだのは、そのサイズではなく、その「状態」だった。先っぽのデリケートな部分が、分厚い皮膚にすっぽりと覆われ、完全に隠れていたのだ。いわゆる「仮性」あるいは、それに近い状態だった。
「これ……僕の、皮が余ってるんだ」
アキトは荒い息を吐きながら、自らのモノを指で指し示した。彼の顔は紅潮し、額には汗がにじんでいる。女子三人に自分の最も恥ずかしい部分を晒しているという極限の背徳感が、彼を完全に興奮させていた。
「漫画とかだと、みんな綺麗にむけてるけど、現実の男なんてこんなもんだよ。ほら、見てよ。この、皮がたるんで重なってる感じとか、シワの寄り方とか……絵の参考になるでしょ!?」
アキトは半ば自暴自棄に、しかし誇示するように、余った皮を自分で引っ張ったり、形を変えたりしてみせた。彼の手が動くたびに、肉が擦れる微かな音が静かな部室に響く。
最初は驚愕していた私たちだったが、アキトのその狂気じみた熱量と、目の前にある「本物の男性の身体」の生々しさに、次第に別のスイッチが入っていくのを感じた。
「……すごい」
沈黙を破ったのはユキだった。彼女の目は、すでに完全に「絵師」のそれに変わっていた。スケッチブックをひったくるように掴むと、猛然とシャーペンを走らせ始めた。
「この、根元から先端にかけての皮膚のたるみ、陰影のつき方……ネットの画像じゃ絶対分からなかった。アキト、そのまま動かないで!」
「あ、うん……っ」
ユキの鋭い視線に射抜かれ、アキトのモノはさらにペニスとしての硬さを増し、熱を帯びていく。皮が突っ張り、隠れていた部分がわずかに顔を覗かせる。その変化すらも、私たちは食い入るように見つめた。
マキもまた、狂ったようにノートにペンを走らせていた。言葉の裏にある心理、少年が自らを晒すシチュエーション、その熱量。彼女の脳内では、極上のストーリーが組み立てられているようだった。
私はといえば、ただただ圧倒され、アキトのモノと、激しく手を動かす二人を交互に見つめながら、体中が熱くなるのを感じていた。夕暮れの赤い光が窓から差し込み、アキトの汗ばんだ肌と、独特の生々しい肉の色を妖しく照らし出している。その空間全体が、言葉にできないエロティシズムと、創作への狂熱で満たされていた。
時間にして、わずか数分だったのだろう。
アキトはついに限界を迎えたのか、小さく声を漏らしながら、自身の太ももを震わせた。私たちは、その一部始終を、一滴の水分すら見逃さないような執念で見つめ続けた。
我に返ったとき、部室にはただ、四人の荒い呼吸の音だけが残されていた。
アキトは無言で服を整え、真っ赤な顔のまま、逃げるように部室を飛び出していった。
残された私たちは、しばらくお互いの顔を見合わせることもできなかった。しかし、ユキのスケッチブックには、これまでになくリアルで、生命力に満ちた肉体のデッサンが刻まれていた。あの夏、私たちの合同誌が、同好会始まって以来のクオリティで完成したことは言うまでもない。
スケッチブックを閉じ、私はそっとため息をついた。
あれからアキトとは、卒業までなんとなく気まずいまま、まともに口をきくことはなかった。けれど、あの放課後、私たちを包んでいた奇妙な一体感と、少年の暴発した興奮の記憶は、今でも私の表現の根底に、確かな熱量として残り続けている。

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