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ネットカフェの個室で女性店員に

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平日の午後、時計の針は二時を回ったところだった。
外は容赦のない五月の強い日差しがアスファルトを焼き、歩くだけでスーツの背中にべっとりと汗が張り付く。三十代半ばを過ぎたしがない営業マンである僕は、次のアポイントメントまでの空白の二時間を埋めるため、駅前にある大手チェーンのインターネットカフェに逃げ込んでいた。

案内されたのは、通路の最奥にある個室のブースだった。
扉を閉める。わずか一畳半ほどの空間には、使い古された合成皮革のリクライニングチェアと、大型のモニターが鎮座している。ヘッドフォンを耳に当てると、外界の雑音は完全に遮断され、代わりに自分の浅い呼吸音だけが狭い室内に響き渡った。

エアコンの冷気が、汗ばんだ身体を心地よく冷やしていく。
リクライニングを深く倒し、ネクタイを緩めて足を伸ばした。最初は溜まったメールの返信でもしようとパソコンの電源を入れたのだが、画面の片隅に表示されるいくつかのバナー広告を見ているうちに、日々の仕事のストレスと、張り詰めていた緊張感が、妙な方向へと弛緩していくのを感じた。

「……少しくらい、いいか」

誰も入ってこない、密室。この空間のなかだけは、社会のルールやサラリーマンとしての体裁から解放された、僕だけの聖域のはずだった。

僕は慣れた手つきでブラウザをシークレットモードに切り替え、動画サイトへアクセスした。ヘッドフォンから流れる、肉感的で生々しい音声が鼓膜を震わせる。
スラックスのベルトを外し、ファスナーを下げる。下着のなかに手を滑り込ませると、すでに僕の肉体は、日中の背徳感も手伝って驚くほど熱く、硬く昂ぶっていた。

スーツを崩したまま、狭い椅子の上で身体をよじる。
モニターに映し出される刺激的な映像に視線を固定し、自身のペニスを握りしめた。じわりと、先端から熱い愛液が溢れ、指先を濡らしていく。個室という安心感が、僕の理性を麻痺させていた。誰も見ていない。誰も入ってこない。だから、どれだけ無様で、獣のような声を漏らしたとしても、この部屋の壁がすべてを飲み込んでくれる。

僕は完全に、その独りよがりな快感の泥沼に溺れていた。

快感が頂点に向かって加速し、呼吸が荒くなり始めた、その時だった。

「ガチャ、リ」

ヘッドフォンの遮音性を突き破って、信じられない音が鼓膜に届いた。
心臓が、冷たい氷の塊を突き刺されたように凍りついた。

(嘘だろ。――)

パニックで思考が停止するよりも早く、部屋の重い扉が滑らかに開いた。
入ってきたのは、店のロゴが入ったポロシャツを着た、二十代半ばほどの若い女性店員だった。彼女の両手には、お盆に載ったカツカレーとアイスコーヒーがある。

「失礼いたします。お待たせいたしま――」

彼女の声が、途中で不自然に千切れた。
部屋の間違え。ネットカフェでは時折起こる、ただのケアレスミス。だが、その代償は、僕の人生において最悪の破滅となって降りかかってきた。

液晶モニターの青白い光の下、スラックスを膝まで下ろし、ワイシャツの裾を捲り上げて、真っ赤に充血したペニスを 握りしめたままフリーズしている、三十代の男。
部屋のなかに漂う、微かな男の汗と、体液の生々しい匂い。

時間が、残酷なほど完全に静止した。

僕はヘッドフォンをつけたまま、マヌケに口を開けて彼女を見上げることしかできなかった。隠すことすら忘れていた。いや、あまりの恐怖と羞恥に、身体の筋肉が完全にロックされて動かなかったのだ。

彼女の視線が、真っ直ぐに僕の下半身へと注がれた。

その瞬間の彼女の反応を、僕は一生忘れることができないだろう。
彼女は悲鳴を上げるわけでもなく、激昂するわけでもなかった。ただ、手に持ったお盆が微かにカタカタと震え、その綺麗な瞳が、驚きと、それ以上に強烈な「嫌悪」でみるみるうちに満たされていくのが分かった。

それは、道端に落ちている犬の糞か、あるいは得体の知れない害虫でも見るかのような、徹底的な拒絶の目だった。
彼女の頬からサッと血の気が引き、唇が震え、軽蔑という言葉をそのまま形にしたような冷ややかな表情が、その若い顔に刻み込まれていく。

「……あ」

彼女は小さく息を漏らすと、僕の顔を一度も見ることなく、弾かれたようにお盆を抱えて後ろに飛び退いた。
そして、勢いよく扉を閉めた。

「バタン!」という激しい音が、静まり返った室内に虚しく響き渡った。

部屋に、再び静寂が戻ってきた。
液晶モニターの中では、まだ動画の男女が狂おしく声を上げ続けている。

僕は、自分がまだ右手に自分のペニスを握ったままであることに、ようやく気づいた。
昂ぶっていた熱は、一瞬にして引き潮のように引き去り、そこにはただ、情けなく縮こまり始めた、生温かい肉の塊だけが残されていた。

「あ、あああ……っ」

言葉にならないうめき声が、喉の奥から漏れた。
激しい震えが全身を襲う。額から、冷や汗が滝のように流れ落ち、スーツの襟を濡らした。

見られた。完全に、見られた。
それも、あの若い、全く見ず知らずの女性店員に。
僕がどんな風にスラックスを脱ぎ、どんなに淫らな顔をして、何に興奮していたのか、そのすべてを彼女の瞳は正確に捉えていたのだ。

三十代半ばを過ぎ、社会的にはそれなりの責任を持ち、部下からもそれなりに慕われているはずの自分が、平日の真昼間に、ネットカフェの薄暗い個室で、ただの「欲情した獣」として晒し者にされた。
あの彼女の、冷酷なまでに軽蔑しきった視線が、脳裏に焼き付いて離れない。今頃彼女は、店員のバックヤードで「奥の個室の男がオナニーしてた、本当に気持ち悪い」と、同僚たちに怯えながら、あるいは嘲笑しながら話しているに違いない。警察に通報されるだろうか。出入り禁止になるだろうか。

恥ずかしさと、恐怖と、自己嫌悪で、胃の奥が雑巾のように雑に絞られるような痛みに襲われた。
僕は這うような動作でスラックスを引き上げ、ベルトを締め、ネクタイを整えた。鏡を見るのが恐ろしかった。きっと、そこにはこの世で最も惨めで、醜い男の顔が映っているはずだから。

パソコンの電源を強制的に切り、荷物をバッグに詰め込む。
一刻も早く、この場所から逃げ出さなければならなかった。

伝票を手に、恐る恐る個室の扉を開けた。
通路には誰もいなかった。僕は下を向いたまま、早足で受付カウンターへと向かった。

(彼女がいたら、どうしよう)

心臓が口から飛び出そうだった。もし受付に彼女がいたら、僕はどんな顔をしてお金を払えばいいのか。
幸いなことに、カウンターに立っていたのは若い男性の店員だった。僕は終始無言で、自動精算機に金を投入し、逃げるように店の自動ドアをくぐった。

外の熱気が、僕の冷え切った身体を包み込む。
駅までの道を歩きながら、僕は何度も深呼吸を繰り返した。終わった。これで、あの空間との繋がりは断ち切られた。もう二度と、あの店に行かなければいいだけだ。そう自分に言い聞かせ、サラリーマンとしての「日常」のなかに、必死に自分の意識を戻そうとした。

しかし、その夜。
自宅のベッドに入り、部屋の明かりを消したとき、昼間のあの出来事が、全く異なる色彩を帯びて僕の脳内に蘇ってきた。

目を閉じると、鮮明によみがえるのは、あの扉が開いた瞬間だ。
青白い光のなかで、僕のすべてを見つめていた、彼女のあの冷ややかな瞳。
驚きに目を見開き、そして僕の下半身の露悪的な姿を捉えた瞬間の、あの嫌悪に満ちた表情。

(あの時、彼女は僕の『それ』を、確かに見ていた……)

昼間、僕をあれほど恐怖させた「軽蔑の視線」が、暗闇のなかで、じわじわと奇妙な熱を持って僕の身体に染み込んでいくのを感じた。

社会的な地位も、男としてのプライドも、すべてを剥ぎ取られ、若い女性の前にただの「恥ずべき雄」として 晒されたという、圧倒的な敗北感。
その屈辱のなかに、言葉にできないほど濃厚な、甘美なエロティシズムが潜んでいることに、僕は気づいてしまったのだ。

「あ……」

寝返りを打ち、シーツを強く握りしめる。
ズボンの上から自分の下半身に手を当てると、信じられないことに、僕の肉体は再び、昼間以上の硬度を持って激しく昂ぶり始めていた。

頭のなかで、彼女のあの冷たい声と、ゴミを見るような視線が何度も再生される。
彼女に嫌悪されればされるほど、僕の背徳感は天を突くように高まっていく。僕は彼女の平穏な日常に、僕の生々しい性という暴力を強引に突き刺したのだ。そして彼女は、僕のあの醜態を、嫌でも記憶に刻みつけられてしまった。

「気持ち悪い」と思われた。その事実そのものが、今の僕にとっては、どんなセクシーな言葉よりも強烈な媚薬になっていた。

サラリーマンという仮面を被って生きる日々のなかで、あの瞬間だけ、僕は完全に生身の、剥き出しの欲望そのものになれた。それを彼女に見せつけ、軽蔑されたという事実が、僕のなかの歪んだ扉を完全に開けてしまったのだ。

夜の静寂のなかで、僕は昼間の恥辱を貪るようにして、再び激しい衝動に身を任せていた。もう二度と会うことのない、あの彼女の冷ややかな視線を、今度は自らの快楽の奴隷にするかのように。

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