実家での休日は、ひどく退屈で、そして静かだった。
両親は朝から泊まりがけの旅行に出かけており、高校生の妹も友人と出かけて夕方まで帰らないと言っていた。広々としたリビングには、冷房の微かな稼働音と、ケージの中で丸くなって昼寝をしている愛犬の寝息だけが響いていた。
夏の盛りの午後。俺はシャワーを浴びた後、自室に戻るのが億劫になり、バスタオル一枚の姿でリビングの革張りのソファにどっかりと腰を下ろした。冷えた麦茶を喉に流し込むと、極上の解放感が全身を包み込んだ。
「……誰もいないって、最高だな」
ふと、腰に巻いていたバスタオルが煩わしくなり、俺はそれを無造作に床に放り投げた。完全な全裸。家族が生活する共有スペースであるリビングで、生まれたままの姿でくつろぐという行為には、日常のルールから逸脱した強烈な背徳感があった。
肌を撫でるエアコンの冷気、ソファの革が直接肌に触れる冷たい感触。普段なら絶対にあり得ない状況が、俺の中で奇妙なスイッチを入れた。
誰に見られるわけでもない。完全に安全な密室。その絶対的な安心感と、「もし誰かが急に帰ってきたら」というわずかなスリルが入り混じり、俺の下半身はゆっくりと、しかし確実に熱を持ち始めていた。
ふと視線を上げると、テレビボードの端に置かれた小さな黒い球体が目に入った。
『ペットカメラ』だ。
共働きの両親や俺たちが、外出先からスマホのアプリを通じて愛犬の様子を確認するために最近設置したものだった。カメラのレンズは、基本的には部屋の隅にある犬のケージに向けられている。俺はその存在を完全に風景の一部として認識しており、特に気にも留めなかった。カメラの小さなLEDランプが緑色に点灯していることにも、その時ばかりは考えが至らなかった。
俺はソファに深くもたれかかり、己の熱情に身を任せることにした。
静まり返ったリビングで、ただ一人。家族の団欒の場で、こんなはしたない行為に耽っているという事実が、興奮を何倍にも増幅させた。目を閉じ、荒くなる自分の呼吸音だけを聞きながら、俺は誰に咎められることもない自由な時間を存分に楽しんだ。
――微かに。本当に微かに、小さなモーター音のような『ウィーン……』という音が鳴ったような気がしたが、絶頂に向かっていた俺の耳には届かなかった。
やがて深い安堵と心地よい疲労感が訪れ、俺はティッシュで後始末をすると、そのまましばらく全裸でソファに寝そべっていた。数十分後、さすがにこのままではマズいと思い立ち、適当なハーフパンツとTシャツを身に着けて、何事もなかったかのようにテレビを点けた。
それから二時間後。玄関のドアが開く音がして、妹が帰ってきた。
「ただいまー。あー暑っ」
「おう、おかえり」
俺はテレビから目を離さず、普段通りに返事をした。妹はリビングに入ってくると、なぜか俺の顔をじっと見て、ふふっ、と意味深な笑いを漏らした。手には彼女のスマートフォンが握られている。
「……何だよ、その顔」
「いや? 別にー。お兄ちゃん、今日は一日家でゴロゴロしてたの?」
「まあな。犬の世話もあったし」
妹は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、ダイニングチェアに座り、俺に向かってスマホの画面をヒラヒラと振って見せた。
「あのさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「ペットカメラって、アプリからスワイプすると、上下左右にレンズの角度を変えられるの知ってた?」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
全身の血の気が一気に引き、先ほどまで冷房で快適だったはずの身体から、じわっと嫌な汗が吹き出した。
「は……? 何、いきなり」
「いやー、出先でさ。うちの犬、ちゃんとお昼寝してるかなーってアプリ開いたのよ。そしたらさ、ケージの端っこに、なんか肌色の物体が見切れてて」
妹の口元は、完全にニヤついていた。獲物を追い詰めるような、それでいて滑稽なものを見るような、嗜虐的な笑みだった。
「でね、ちょっとカメラの向きを右に動かしてみたわけ。そしたらさ……」
「お、おい、お前……」
「お兄ちゃんが、ソファのど真ん中で全裸になって、すっごい気持ちよさそうな顔して一人で楽しんでるのが、バッチリ映ってたんだよね」
頭の中が真っ白になった。
見られていた。あの一番無防備で、一番恥ずかしい瞬間を。よりによって実の妹に、スマートフォンの画面越しに、リアルタイムで観察されていたのだ。
「嘘だろ……」
「嘘じゃないよ。ほら、これ」
妹がスマホの画面を俺に向けた。そこには、ペットカメラのアプリの『録画履歴』のサムネイルが表示されていた。小さくて見えづらかったが、革張りのソファの上で、あられもない姿で己を慰めている俺の姿が、残酷なほど鮮明に切り取られていた。
「いや、違う! これは……その……暑くて!」
「暑くて全裸でイッてたの? ウケるんだけど。しかもさ、私が見てるの全然気づかないで、めちゃくちゃ声出してたじゃん。カメラのマイク機能、結構音拾うんだよ?」
「やめろ……! 頼む、消してくれ……!」
顔から火が出るほど恥ずかしかった。今すぐこの場から逃げ出したかったし、穴があったら入りたかった。日常の空間が一転して、俺を断罪する公開処刑場のように感じられた。
しかし、必死に取り繕おうとする俺の言葉とは裏腹に、身体は全く別の反応を示し始めていた。
「ほんとバカだよね。私が遠隔でカメラ動かして、ズームまでしてじっくり見てたのに、ずーっと夢中になってるんだもん」
妹は軽蔑の眼差しを向けるでもなく、ただただ面白がって、俺の羞恥心をえぐるような言葉を重ねてきた。
「あーあ、お兄ちゃんのあんなだらしない顔、初めて見た。画面越しに目と目が合ってるみたいなアングルになった時、私、カフェで吹き出しそうになっちゃったよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の下半身に、先ほどとは比べ物にならないほどの強烈な熱が集まっていくのを感じた。
『見られていた』という事実。
自分が最も隠したかった恥部と欲望を、妹によって暴かれ、言葉で詳細に報告されているという異常な状況。ハーフパンツの中で、収まりきらない熱が再び大きく膨らみ始めているのが自分でもはっきりとわかった。
「……え、ちょっと」
妹が私の股間の変化に気づき、目を丸くした。そして、信じられないものを見るような顔をした後、さらに深く、意地悪に口角を上げた。
「……お兄ちゃん、もしかして、今の話聞いてまた興奮してる?」
「ちが、これは……!」
「変態じゃん。自分の恥ずかしいところ見られてたって聞いて、興奮しちゃうんだ」
妹は立ち上がり、私にゆっくりと近づいてきた。逃げなければいけないのに、腰が抜けたように動けない。いや、動きたくなかった。
「私がカメラの向こうからずっと見てたこと、想像しちゃった? どんな顔で見られてたか、もっと詳しく教えてあげよっか?」
恥辱と快感で頭がどうにかなりそうだった。
実家のリビング。すぐ目の前にいる妹。そして、テレビボードの上で静かに緑色のランプを点灯させ続けているペットカメラ。
完全に優位に立った妹の冷たくて熱い視線に射抜かれながら、私は抗いようのない歪んだ快感の底へと、深く沈んでいくのを感じていた。

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