真夏の国道を走っているとき、前を走る古びたミニバンのリアガラスに、吸盤で貼り付けられた初心者マークが見えた。ふと、車内に充満する強い日焼け止めの匂いと、エアコンの冷気が混ざり合っていた、あの独特な空気の記憶が鼻腔の奥に蘇ってきた。
あれは私が中学二年生、14歳の夏休みのことだ。
今思い出しても、耳の裏までカッと熱くなるような、人生で最も不条理で、あるいは圧倒的な羞恥心に包まれた時間。それは、男としての自意識が芽生え始めたばかりの生意気な中学生男子が、文字通り「お姉さんたちの手のひらの上」で転がされ、プライドを木っ端微塵にされた、ある海水浴での出来事だ。
当時の私は、自分が子供だと思われたくなくて、少し背伸びをしたくて仕方のない時期だった。しかし、あの日に集まったメンバーの中で、私は肉体的にも精神的にも、最も無力で未成熟な「ただの男の子」でしかなかった。
その日、大学生の姉が「免許を取ったから、父さんの車で海に行く」と言い出した。
父親が乗っていたのは、四角いフォルムをした、スライドドアの古めのミニバンだった。広い室内と大きな窓が特徴の、当時のファミリーカーの定番のような車だ。
姉が連れてきたのは、大学のサークル仲間だという二人の女性――明るい茶髪でいかにも垢抜けた雰囲気の「マキさん」と、少し大人っぽくて綺麗なお姉さんという佇まいの「レイカさん」。
そして、私の1学年下の、とにかく口の悪い生意気な妹。
つまり、車内の構成は、大学生の女性3人に、女子中学生が1人、そして男子中学生の私。
乗車した瞬間から、車内は私の全く知らない「大人の女性たちの世界」の空気で満たされていた。
「ねえ、タカシくんって言うんだ。可愛いね、お姉ちゃんに似て目がクリっとしてる」
「ちょっとレイカ、こいつ調子に乗るから甘やかさないで。ほら、タカシ、荷物後ろに積んで!」
助手席と2列目を占領したお姉さんたちの間から、ふんわりと甘い香水の匂いと、日焼け止めの香りが漂ってくる。彼女たちが交わす大学のサークルの話や、誰々がかっこいいといった恋愛トークは、14歳の私にとって未知の領域であり、眩しすぎて直視できないものだった。
私は一番後ろの3列目シートに小さくなって座り、窓の外を流れる景色を眺めながら、自分の場違い感にただただ耐えていた。時折、バックミラー越しにマキさんやレイカさんと目が合うたびに、心臓が跳ね上がり、慌てて視線をそらす。そんな私を見て、妹が「あ、お兄ちゃん今、マキさんのことエロい目で見てたでしょ」などと余計な口を挟み、車内がドッと笑いに包まれる。
私は顔を真っ赤にしながら、「見てねえよ!」と言い返すのが精一杯だった。
車は2時間ほど走って、目的地の海水浴場へと到着した。
窓の外には、照りつける太陽と、キラキラと輝く青い海。本来ならテンションが上がるはずの光景だったが、駐車場に車を止めた瞬間、私にとっての「試練」が始まった。
その日は休日ということもあり、海の家の更衣室は長蛇の列ができていた。
「並ぶの面倒だし、車の中で着替えちゃおうよ」
姉が当然のように言った。ミニバンのガラスには、一応薄いスモークフィルムが貼られていたが、車内は外からでもなんとなく人影が見える程度の遮蔽性しかない。
そして、姉はバックミラー越しに私を鋭く睨みつけ、無慈悲な命令を下した。
「タカシ、あんた男なんだから、先に車の中で着替えて外に出てなさいよ。私たちがその後、車の中で着替えるんだから。ほら、早くして!」
「えっ……ここで?」
私は絶句した。
車内には、大学生のお姉さん二人がすぐ目の前に座っているのだ。シートを少しは倒せるかもしれないが、仕切りも何もない、わずか数十センチの距離である。
「ちょっと、早くしなよ。時間がもったいないじゃん」
妹が急かす。
「いいじゃん、タカシくん。お姉さんたち、目え瞑ってるからさ。気にしないで着替えちゃいなよ」
マキさんがクスクスと笑いながら、両手で目を覆うポーズをした。けれど、その指の隙間からは、明らかに楽しそうな瞳が覗いている。レイカさんも「男の子の着替えなんて、誰も見ないって」と、大人の余裕で微笑んでいた。
「誰も見ない」
その言葉が、思春期の私のプライドを激しく逆撫した。男として意識されていない切なさと、それでも今から彼女たちの目の前で、服を脱がなければならないという圧倒的な羞恥心。
しかし、逆らう権利など私にはなかった。私は半ばヤケクソになりながら、3列目シートの狭い足元で、水着の入ったバッグを引き寄せた。
「じゃあ、みんな後ろ見ないでよ! 絶対だからな!」
私はそう釘を刺し、Tシャツを頭から脱いだ。
ひょろひょろとして、まだ筋肉もまともについていない、大人の男になりきれていない自分の少年体型が、これ以上ないほど惨めに思えた。
本当に視線をそらしてくれているのか不安で、私はチラリと前方を伺った。
シートの隙間から見えるバックミラー。そこには、目を瞑っているはずの姉が、スマホをいじるフリをしながらニヤニヤとこちらを伺っている姿が映っていた。さらに最悪なことに、マキさんが「ねえ、タカシくん、背中結構白いね」と、見ていなければ分からないセリフをのたまわった。
「見てんじゃん!」
「見てない見てない! 声でなんとなく分かっただけ!」
車内で女子たちが楽しそうに笑う。その空間のすべてが、私をからかうための檻のように思えた。
そして、最大の難所である「ズボンと下着を脱いで、水着に穿き替える」瞬間がやってきた。
座ったままでは穿き替えづらいため、どうしても少し腰を浮かせなければならない。ミニバンの天井に頭をぶつけそうになりながら、私は必死にバスタオルを腰に巻き付けようとした。
しかし、狭い車内での不慣れな動作のせいで、バスタオルの端がシートの金具に引っかかり、無情にも手元からスルリと滑り落ちてしまった。
「あ――」
一瞬、私の動きが完全に止まった。
下着を膝まで下ろし、水着に足を片方通しただけの、ほぼ完全な無防備な状態。
その瞬間、妹が「あ、お兄ちゃんパンツ脱げた」と冷酷な実況を響かせた。マキさんとレイカさんの「きゃあ!」という、どこか楽しげな短い悲鳴と、それに続く抑えきれない爆笑が聞こえてきた。
「見んなって言ってるだろッ!!!」
私は狂ったように叫びながら、這う合図で水着を強引に引き上げ、ズボンを蹴り飛ばした。顔だけでなく、全身から火が出るのではないかと思うほどの熱が吹き荒れていた。恥ずかしさと、情けなさと、そして大人の女性たちの前で「すべてを晒しかけた」という事実に対する、どうしようもない動揺。心臓が壊れそうなほどの速さで脈打っていた。
「着替えた! 出るよ!」
私はまだ紐すらまともに結べていない水着姿のまま、重いスライドドアをガラガラと開け、外へと飛び出した。
ドアを閉めた瞬間、背後から「ああ、タカシくん顔真っ赤!」というマキさんの声が漏れ聞こえてきた。
アスファルトから立ち上る、外はギラギラとした陽炎。
あまりの恥ずかしさに、思わず車のボディに寄りかかろうとした瞬間――。
「熱っ……!」
ジリジリと直射日光を浴び続けたミニバンの鉄板は、触れることすらできないほど熱せられていた。慌てて飛び退いた私は、肌を焼くような熱気の中、水着一枚の姿でぽつんと立ち尽くす羽目になった。車にも頼れず、周囲の家族連れやカップルたちが、半泣きのような顔をして立っている少年を不思議そうに見ている気がして、それすらも恥ずかしかった。
私は這う這うの体でミニバンの横に広がるわずかな日陰に逃げ込み、壁際で小さくなるようにして、冷めやらぬ身体の熱をどうにか静めようとした。
しかし、すぐに別の種類の「気まずさ」が私を襲った。
ガタゴトと、遮熱ガラス一枚を隔てたすぐ向こう側から、シートを動かす音や、布地が擦れ合う微かな音が聞こえてきたのだ。
「ちょっとマキ、それ引っ張らないでよ」「あ、日焼け止め背中に塗って」という、彼女たちの着替えの最中の会話が、ダイレクトに響いてくる。
さっきまで自分がいたあの狭い空間で、今度はあの綺麗なお姉さんたちが服を脱いでいる。
その想像が頭をよぎった瞬間、14歳の私の自意識は完全に限界を迎えた。
見られた恥ずかしさと、見えない向こう側へのどうしようもない想像力。ドクドクとした生々しい熱が下半身の奥へと集まっていくような感覚に襲われ、私は慌てて海の方向へと足早に歩き出した。そうしなければ、自分の身体の変化を、今度は車から出てきた彼女たちに再び目撃されてしまうと思ったからだ。
しばらくして、車から出てきたお姉さんたちは、眩いばかりの水着姿だった。
「タカシくーん、待たせてごめんね!」
マキさんが手を振りながら走ってくる。何事もなかったかのように振る舞う彼女たちの中で、私だけが、あの車内での出来事を引きずって、夕方までまともに彼女たちの顔を見ることができなかった。
大人になった今、あの海水浴を振り返ると、本当に子供の他愛のない失敗談に過ぎないと思う。大学生の彼女たちからすれば、中学生の弟なんて、子犬か何かがドタバタしている程度にしか思っていなかったのだろう。
けれど、スマートに生きる大人になった今でも、ミニバンの広い室内を見るたびに、あの狭い3列目シートで感じた、世界のすべてが敵になったかのような羞恥心と、あの夏の強烈な熱気を思い出す。
あの真夏のミニバン。
それは、私の不器用で、ひどく格好悪かった青春の、最初のページに刻まれた、今も消えない大切な熱の記憶だ。

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