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保健室で男子の下着の隙間から

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あれは高校二年の、梅雨が明けるか明けないかという、ひどく蒸し暑い日の午後だった。
午後一番の体育の授業は、容赦なく照りつける太陽の下でのハンドボールだった。元々運動が得意ではない私は、ぬるい風が吹くグラウンドを走り回るだけで体力をすっかり削り取られ、授業が終わる頃には軽い熱中症のような、頭がぼーっとする感覚に襲われていた。

次の時間は、確か苦手な世界史の授業だったはずだ。
重い足取りで校舎に戻る途中、どうしても頭痛と目眩が我慢できなくなり、私は同じチームだった友人に「ちょっと保健室に行ってから教室に戻るね」と言い残し、一人で一階の奥にある保健室へと向かった。

ひんやりとしたリノリウムの床の廊下を進み、木製の引き戸の前に立つ。
いつもなら「失礼します」と声をかけてから開けるのだが、その時は暑さと気分の悪さで頭が働いておらず、一刻も早く涼しい部屋で横になりたい一心だった。私は無意識のうちに、声をかけるよりも先に、ガラガラと勢いよく扉を開けてしまった。

そして、その一歩を踏み出した瞬間、私は自分の目を疑うことになる。

保健室の中央にある、診察用の丸椅子。
そこに、同じクラスの男子である杉本くんが座っていた。
彼は体育の授業中、接触プレイで派手に転倒し、足を負傷して途中で見学に回っていた。それは知っていた。ただ、問題はその「状態」だった。

彼は体操ズボンを膝の下まで完全に引き下げ、さらに下着のボクサーパンツの片側の裾を、足の付け根の境界線が見えるところまで、ぐいっと上へとたくし上げていたのだ。

ちょうどその時、養護教諭の先生が、彼の太ももの内側――本当に、あと数センチで「いちばん見られてはいけない場所」に届きそうなほどの、きわどい足の付け根のラインに、大きな綿球でパタパタと茶色い消毒液を塗っている最中だった。

「あ……」

私の侵入によって、保健室の中の時間がいっせいに停止した。

扇風機が首を振る規則正しい音だけが、やけに大きく響く。
驚いて動きを止めた先生の手。
そして、入り口に突っ立っている私と、丸椅子の上で完全にフリーズしている杉本くん。

距離にして、わずか二メートル。
遮る衝立やカーテンはすべて引かれておらず、部屋の真ん中で、彼の最も無防備でプライベートな部分が、白日の下に晒されていた。

杉本くんの、色白な太ももの肌。
そこに生々しくついた、赤黒い擦り傷。
そして、下着の隙間から覗く、普段の制服姿からは想像もつかないような、生々しい「男の子の身体」の質感。

私の脳は、その光景を捉えた瞬間、完全にバグを起こした。
目を逸らさなければいけない。それは理屈では分かっているのに、あまりの衝撃と、予想だにしない網膜への刺激に、視線がどうしても数秒間、そこに釘付けになってしまった。彼の引き締まった下腹部から足の付け根にかけてのラインが、スローモーションのように脳裏に焼き付いていく。

「――っ!?」

最初に我に返ったのは、杉本くんだった。
彼の顔が、一瞬で見たこともないような鮮やかなトマト色に染まった。彼は悲鳴をあげることすらできず、ただ息を「ヒッ」と呑み込むと、弾かれたように両手で自分の股間のあたりを覆い隠し、上半身を丸めて小さくなった。

「あ、あら、ごめんなさいね。今、ちょっと処置中だから、カーテンの外で待っててくれる?」

先生の落ち着いた、けれど少し焦ったような声で、私もようやく正気に戻った。

「す、すみませんっ!!」

私は蚊の鳴くような声でそう叫ぶと、文字通り後ろに飛びのくようにして一歩下がり、勢いよく引き戸を閉めた。

バタン、と大きな音が響き、廊下の静寂に取り残される。
心臓が、耳のすぐ後ろで太鼓を叩いているかのように激しく脈打っていた。さっきまでの熱中症の気だるさなんて、一瞬でどこかへ吹き飛んでいた。顔が信じられないくらい熱い。自分の手を見てみると、指先がガタガタと震えていた。

(見てしまった。どうしよう、見てしまった……)

頭の中で、さっきの杉本くんの姿が何度もリプレイされて再生される。
いやらしい気持ちなんて微塵もなかった。ただ、クラスの男子の、あんなにも際どい部分を、何一つ遮るもののない至近距離で「目撃」してしまったという事実に、罪悪感と羞恥心が交互に押し寄せてきて、呼吸がうまくできなくなった。

結局、私はそのまま保健室に入る勇気が出ず、ふらふらとした足取りで教室へと戻った。世界史の授業中、先生が何を話していたのかは、一単語も頭に入らなかった。

本当の地獄は、次の日からだった。
翌朝、教室に入ると、どうしても杉本くんの存在を意識してしまう。彼がいつも通り男子グループと笑い合っている姿を見るだけで、私の心臓は不自然に跳ね上がった。
彼の方も、私が教室に入ってきた瞬間に一瞬だけ身体を硬直させ、すぐに不自然なほど素早く窓の外へ視線を逸らした。

(絶対に、嫌われた。変態だと思われたよね……)

私は自己嫌悪で押しつぶされそうだった。女子のグループの中で「昨日さ、保健室で杉本くんの足の付け根見ちゃってさー」なんてネタにできるわけがない。そんなことをすれば、彼のプライドを木っ端微塵に砕いてしまう。私はこの秘密を、墓場まで持っていく覚悟を決めた。

そんな緊張状態が続いていた、事件から三日後の放課後のことだ。
私は日直の仕事で、一人でプリントの束を抱えて職員室へ向かっていた。その帰り道、夕日が差し込む静かな渡り廊下で、前方から歩いてくる杉本くんと、完全に一対一で鉢合わせてしまった。

逃げ場はなかった。すれ違う瞬間、私は俯いて足早に通り過ぎようとした。
しかし、彼が私の真横で、ぴたりと足を止めた。

「……あの、さ」

低く、少し掠れた声だった。私は心臓が口から飛び出そうになるのを堪えながら、恐る恐る顔を上げた。
杉本くんは、カバンの紐をこれ以上ないほど強く握りしめ、耳の裏まで真っ赤にしながら、斜め下の床を見つめていた。

「この前、保健室のとき……その、変なもん見せて、本当にごめん」

彼は蚊の鳴くような声で、けれど必死に言葉を絞り出していた。

「俺、カーテン閉め忘れてたから。お前が悪いわけじゃないのに……なんか、驚かせて、気まずい思いさせて悪かったなって」

私は絶句した。
責められると思っていた。あるいは「見るなよ」と怒られると思っていた。なのに、彼は私を責めるどころか、私に気まずい思いをさせたことを、この三日間ずっと一人で悩み、謝る機会を窺っていたのだ。

「ち、違うの!」

私は慌てて首を振った。抱えていたファイルの手が震える。

「私の方こそ、ちゃんとノックもしないで入っちゃって……本当にごめんなさい! あの、その……私、本当に何も見てないから! すぐ目、瞑ったから! だから、気にしないで!」

苦し紛れの、下手くそ極まりない嘘だった。見ていないわけがない。バッチリと、それこそディテールまで記憶に残っている。
私の必死すぎる嘘に、杉本くんは一瞬きょとんとした顔をした後、張り詰めていた糸が切れたように、ふっと小さく吹き出した。

「お前さ、嘘つくの下手くそすぎ」

そう言って少しだけ笑った彼の顔は、やっぱりまだ赤かったけれど、どこかホッとしたような表情をしていた。

「……誰にも、言ってないよ。これからも、絶対に誰にも言わないから」

私が真剣なトーンでそう付け加えると、彼は少し決まり悪そうに頭を掻きながら、「おう。ありがとな」と小さく呟いた。

それ以来、私と杉本くんの関係性が崩れることはなかった。相変わらずクラスでは、普通の「たまに話す同級生」のままだった。
けれど、何かの拍子に教室でふっと目が合うと、お互いに一瞬だけ「あ」という顔になり、それからどちらからともなく、少しだけ気恥ずかしそうに微笑み合うようになった。

それは、あの蒸し暑い保健室で生まれた、私たち二人だけの、誰にも言えない絶対的な秘密。
今でも梅雨時の気だるい風が吹くたびに、私はあの静かな保健室の光景と、夕方の廊下で見せた彼の少し不器用な笑顔を、ほんのりとした甘酸っぱさとともに思い出すのだ。

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